月別アーカイブ: 2018年8月

上手に着こなそう!サイズが小さめのアンティーク着物

小さなサイズの着物を着こなし、和装のオシャレを

可愛らしいアンティークの着物を手に入れたは良いけれど、自分のサイズに合わずになかなか着れずにいる、という方もいらっしゃるでしょう。
サイズが大きいのであれば、おはしょりを長くしたりお直しをしたりで対処をすることができますが、サイズが小さければどうして良いかわからないものです。

ここでは、サイズの小さいアンティーク着物を上手に着こなす方法をご紹介いたします。
着こなしの方法を知り、サイズが小さくて眠らせていた着物たちで和装のオシャレを楽しみましょう。

広衿の折り方を工夫して布を落とす

サイズの小さい着物を上手に着こなすには、衿が重要です。

着物の衿には広衿とバチ衿というものがあります。

広衿は着物を着るときに好みの衿の大きさに調節できるもので、バチ衿は元々折った状態で仕立てられているものです。
持っているアンティークの着物が、衿を自分で調節することができる広衿ならば、多少サイズが小さくとも上手に着こなすことができます。

サイズがピッタリの着物であれば、広衿を半分に折って着付けをしていくのですが、サイズが小さい着物は、衿の折り幅を半分以下にし、なめらかに無理の無いように広げて行きましょう。

そうすることにより、袖の方に布が落ちます。

半襟をたっぷり目に出すことがポイント

サイズがピッタリな着物を着る際は、半襟を1.5センチ程度出すようにと言われますが、サイズが小さな着物を着る際は、半襟も思い切ってたっぷり目に出すことがポイントです。

半襟を長めに出し、広衿を少なめに折る、これだけで丈を長くすることができます。
また、着物を着る時期が涼しい時期であれば、下に襟を重ねてさらに衿合わせを広くとるということも可能です。

重ねることにより、和装のオシャレをより際立たせることができるでしょう。

汚くならないように全体図を確認する

この方法は、衿を狭く折ることで布の余りを出し、その分丈を長くするという方法です。
丈を長くすることはできても、どこかしらに無理が生じる方法ですので「綺麗に完璧に着物が着たい!」という方には、おすすめできません。
また、不自然に肩部分の布を広げすぎると、波状のラインができて汚くなってしまうので、注意をしましょう。

全体図を確認しながら少しずつ調整していくことが大事です。
上手な着こなしの方法を練習し、小さなサイズのアンティーク着物も美しく着こなしましょう。

久米島紬とは。久米島紬の魅力に迫る!

久米島紬

久米島紬は、沖縄県の久米島で織られる紬です。
黒く、独特の光沢のある色合いは、上品で、憧れる方も多いと思います。

歴史を辿ると、14世紀の末に堂の比屋という人が中国へわたり、養蚕技術を学んで帰り、久米島に広めたことが始まりだと言われています。

また奄美大島の大島紬や、結城紬など多くの紬が、この久米島紬が発祥になっているとも言われているそうです。

 

久米島紬の歴史

堂の比屋は、『琉球国由来記』に登場する人物だそうです。
中国から漂流してきた人と親しくなり、それから中国へ自ら渡り、養蚕技術を学んできました。

それから紬が生産されるようになり、16世紀になって琉球王国に帰属すると、貢納付として紬を収めるようになりました。

さらに17世紀には、薩摩藩にも帰属するようになったため、当時の久米島の人達は、紬による貢納付に四苦八苦していたようです。

ところがこの紬製造、技術がなかなか進歩しなかったのだそうです。

そこで17世紀になり、越前より坂元普基が、そして薩摩より友寄景友が久米島へやってきて、紬の織り方、糸の染め方などを伝えたことにより、久米島紬の製造技術は飛躍的に高まりました。

18世紀には紬の生産は大変盛んになりましたが、生産した紬の大半は、貢として収めなければなりませんでした。

しかしその頃から、久米島紬は江戸でも「琉球紬」として知られるようになりました。

20世紀に入り、貢納付はようやく廃止されることとなり、久米島島民は自らの利益のために、紬製造を行うことができるようになりました。

またちょうどそのころ、両村組合立女子工業徒弟学校が設立、紬織物の製造技術を教えるようになったため、それから以後、久米島紬の生産は、大きく拡大していくことになったそうです。

第一次大戦後の世界恐慌のため、それから太平洋戦争終戦まで、久米島紬の生産は低迷した時期はありましたが、戦後は再び復興され、盛んに製造されるようになっています。

2004年には、国の重要無形文化財にも指定されることとなりました。

 

久米島紬の特徴

久米島紬は、製造はすべて、手作業で行われています。
また図案の選定から染付、さらには織りの、全ての工程を、基本的に一人がやるのも大きな特徴となっています。

養蚕も、全てではないそうですが、久米島内で行われているとのこと。
また染料は、草木染めもの泥染めも、すべて党内で行われているそうです。

牛首紬とは。牛首紬の魅力に迫る!

牛首紬

牛首紬は、石川県の白山市白峰で生産されています。
白峰が、明治の初めまで「牛首村」と呼ばれていたことから、ここで生産される紬を牛首紬と呼ぶのだそうです。

牛首紬の特徴は、「玉繭」を使うことです。

二匹の蚕が作るこの玉繭を使い、織物を作り上げる技術は、母から娘へ、脈々と受け継がれてきたそうです。

 

玉繭を使うことが特徴の牛首紬

玉繭とは、一つの繭の中に二匹の蚕が入っていて、この二匹によって作られた繭のこと。
だいたい繭全体の2~3%が、この玉繭になるのだそうです。

ただしこの玉繭は、2本の糸がありますから、糸を作るのが難しいとか。
2本の糸が絡まってしまい、きれいな糸が作れないからで、普通はクズ繭として捨てられてしまうそうです。

牛首紬は、この玉繭から糸を引き出す技術を伝承しています。
かなりの熟練が必要で、職人の勘と経験に頼るところが大きいそうです。

しかし2本の糸があることにより、弾力性や伸縮性には優れています。
また糸の途中に絡み合った部分があり、これも牛首紬の風合いの特徴となっています。

 

牛首紬の製造工程

製糸

まずは玉繭から糸を引き出す、のべびき作業から始まります。
熟練した職人の、勘と経験が頼りの作業です。

撚糸

引き出した糸には、撚りをかけます。
牛首紬は一貫生産していますので、引き出した糸を乾燥させることなく撚りをかけるという、理想の状態になっているそうです。

精錬

独自の方法により、糸に付いている汚れや不純物を取り去ります。
これにより、糸は輝くような白色になります。

糸はたき

これは牛首紬ならではの工程です。
糸をしゃくり、空気を含めることで、元々の蚕の糸質である、波打つうねりを取り戻します。

糸染め

牛首紬は、元々は草木染めを行ってきましたが、現在では退色を防ぐため、化学染料も使用します。

整経

牛首紬を製造するために必要な経糸は、1100~1200本。
これを機織り機に一本一本セットしていきます。

機織り

上下に開いた経糸のあいだに、横糸をつけたヒキビを左右に飛ばしながら織り上げます。

結城紬とは。結城紬の魅力に迫る!

結城紬

結城紬の生産地は、茨城県結城市周辺、、および栃木県小山市から下野市付近です。
国の重要文化財に指定され、細かい縞と、絣が特徴となっています。

結城紬の歴史

結城紬の歴史は古く、古代の伝承によれば、崇神天皇の時代から、織物が始まったと言われているそうです。

初めのころは、太い絹糸で織った粗布でした。

江戸時代に入り、京都や信州に伝わる技術を取り入れ、技術革新が行われたそうです。
それにより、結城紬の知名度が一気に高まっていきました。

明治に入ると、絣の結城紬が生産されるようになります。
1873年のウィーン万国博覧会にも出品され、世界にも名が知られるようになりました。

1953年には、茨城県無形文化財に、さらに1956年には国の重要文化財に指定されます。
さらに2010年には、ユネスコの無形文化遺産リストにも登録されました。

結城紬の生産工程

原料

原料である真綿は、元々は結城市周辺で生産されるものを使っていたそうですが、現在ではそのほとんどが、福島県保原町で作られる入金真綿となっています。

2000年に入ってから、茨城県の主導により、繭の新品種が開発されましたが、まだまだ生産量は少ないようです。

つむぎ

繭はまず、2時間ほど、重曹を加えたお湯で煮込まれます。
それによって柔らかくなった繭を、ぬるま湯の中で拳で広げながら真綿を作ります。

これを「つくし」と呼ばれる器具に貼り付け、手作業で、糸を紡いでいきます。
均一な太さの糸にするためには、かなりの熟練が必要とされるそうです。

整経

まずは縦糸を揃えます。
反物一反に、上下の糸で640本ずつ、経1280本の糸が必要です。

絣くくり

縦糸を枠に巻きつけて、墨で下絵をしていきます。
この下絵の部分を綿糸でくくる事により、そこに染料が入らず、白い部分として模様になります。

これは「絣」の技法で、このくくりの数は、反物一反で数万におよぶこともあります。
それをすべて、同じ力でくくるために一人がやらなければならず、作業に数ヶ月がかかることもあるそうです。

刷り込み

戦後になって開発された染色技法で、「刷り込み」と呼ばれます。
これは直接染料で色を付けていくやり方です。

絣は染料が入らない、白い部分を模様にしますので、地色はどうしても藍や黒など、濃い色でなくてはなりません。
刷り込みを行うことで、明るい色の反物も、作ることができるようになったそうです。

糸染め

くくりや刷り込みをした糸を、染料で染めていきます。
くくりのあいだにきちんと染料を染み込ませるには、ただ染料につけるだけではダメで、地面に叩きつける叩き染めが、結城紬の特徴的な技法だそうです。

糊付け

糸の強度を増すために、のりづけをします。
塗っては乾かしを3度にわたって行うそうで、糊の強さはかなりの経験が必要となるようです。

大島紬とは。大島紬の魅力に迫る!

大島紬

大島紬は、奄美群島で生産されている着物の生地です。
泥染めしたものを手織りした、平織りの絹布で、着物の生地としては最も高級なものの一つとなっています。

 

大島紬とは?

大島紬は、奄美群島の本場大島紬協同組合の組合員により生産されています。

経済産業省の伝統工芸品として指定されています。

絹100%で、先染め、手織り、独特の色合いがきれいです。
軽くて暖かく、着崩れしないと言われていて、着込めば着こむほど、肌に馴染んできます。

 

大島紬の歴史

奄美大島は、奈良時代に編纂された、最古の歴史書といわれる『日本書紀』にも、「海見嶋」「阿麻弥」として登場するというくらい、歴史が古いのだそうです。

平安時代の歴史書『続日本紀』には、「奄美」の名前がハッキリ登場するのだとのこと。

奄美は大陸に近かったからでしょう、出土品などにより、弥生時代には、すでに養蚕や機織りが行われていたようです。

それが江戸時代になり、大島紬が奄美の特産品となる道を歩み始めます。

薩摩藩の藩制下に置かれた奄美大島は、「芭蕉布」と呼ばれる、イトバショウの木の繊維を織り上げた布を、貢物として薩摩藩に収めるようになりました。

それが、徐々に紬を織るようになっていきます。

初めはテーチ木などの草木染めが行われており、柄は無地や縞、格子などの、シンプルなものでした。
それが明治になると、現在の泥染めが行われるようになります。

同時に、江戸時代は薩摩藩への献上品だったものが、商品として取引されるようになりました。
大島紬は大きな人気を呼ぶようになり、現在へと至ることになります。

 

大島紬の分類

大島紬を分類するには、

地色
経糸の密度

の2つの方法があります。

地色による分類

泥大島

大島紬の最も代表的な地色で、テーチ木と泥によって染めています。

泥藍大島

大島紬には、絣の技術が導入されています。
泥藍大島は、藍で染めた絣糸を、テーチ木と泥で染めたものです。

白大島

染料をまったく使わず、白いままのもの。

草木泥染大島

テーチ木以外の草木と、泥で染めたものです。

色大島

化学染料で染めたもの。

 

縦糸の密度による分類

縦絣糸の本数を、「マルキ」という単位で表します。
1マルキは縦絣糸が80本で、本数が多いほど、柄が細かく、精密になります。

大島紬は、

5マルキ
7マルキ
9マルキ
12マルキ

の4種類があります。

着物作家 久保耕の魅力とは

着物作家 久保耕の魅力に迫る

着物作りの全工程を行う久保耕

京友禅は、京都の伝統工芸であると同時に、世界に誇る染物の技法です。
黄色を混ぜた朱色をベースに、さまざまな色彩をのせ、刺繍や金粉などの加工を施す京友禅は、1枚の着物を作るのにたくさんの工程を必要とします。

京友禅着物業者の中には、その工程を分業して着物を制作する業者が多いです。
全ての工程を一貫して行っている業者は、京都の中でも数件しかいません。
創業60年の歴史を誇る着物業者、久保耕は、着物作りにおける全ての工程を全て久保耕の工房内で行う、貴重な着物業者です。

ここでは、久保耕の着物の特色についてご説明いたしましょう。

 

繊細な色使いと配色センス

久保耕の着物の特徴と言えば、繊細な色使いと配色センスです。
日本人が古くから持っている細やかな色彩の違いを染めや金加工、刺繍で表現します。
文様の色付けをする際には、一色一色で筆を持ち替え色をつけていきます。

着物のデザインによっては、100色以上の色を使用することもありますが、それだけの色を使っていてもスッキリとまとめあげる配色センスの高さが久保耕の魅力です。

奥行きを感じることができる久保耕の着物デザインは、この色使いと配色センスにより生み出されています。

 

さまざまなシーンに久保耕の着物を

格調ある着物の創作にこだわりを持つ久保耕の着物は、豪華絢爛なデザインとその奥にあるものを誇りたいという思いで作られています。
着物のデザイン案から白地の吟味、色染め、友禅による文様描きと文様染め、金加工、刺繍まで全てを熟練した職人の手により行われますので、他の着物では感じることのできない“上質さ”を実感することができるでしょう。

時代を超え、世代を超え愛される久保耕の着物は、成人式の振袖としても訪問着の着物としても、結婚式の留袖としても、さまざまなシーンで利用することが可能です。

 

品位が溢れ出る久保耕の着物

京友禅における歴史的な技法を守ると共に、常に新しい染色文化の美を追求し続ける久保耕の着物は、多彩な色から織り成される繊細な美しさを大事に作られています。
京都の雄大な自然の恵みで育った繭からとれる生糸で作られた久保耕の着物は、デザインだけではなく着心地の良さも特徴の1つです。